大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所浜松支部 昭和32年(ワ)230号 判決 1960年3月18日

原告

右代表者法務大臣

井野碩哉

右指定代理人検事

家弓吉己

法務事務官 本橋孝雄

同 名倉竹志

大蔵事務官 新美猛

同 大野善一

同 関芳弥

(昭和三十二年(ワ)第二三〇号事件のみ)

同 安井一夫

(昭和三十二年(ワ)第二三〇号事件のみ)

同 前田隆雄

東京都千代田区神田鍛治町二丁目二番地

(不動産登記簿上の住所 熱海市伊豆山三八番地の六)

被告

上野商事株式会社

(昭和三十二年(ワ)第二三〇号事件)

右代表者取締役

上野輝雄

浜松市鴨江町三二八番地

被告

稲垣庄一

(昭和三十二年(ワ)第二三〇号事件)

天竜市二俣町西鹿島一二番地

被告

斎藤陸司

(昭和三十二年(ワ)第二三〇号事件)

東京都江東区深川白河町三丁目八番地

被告

岩崎容久

(昭和三十四年(ワ)第三六号事件)

都渋谷区穏田一丁目四番地

被告

佐藤保夫

(昭和三十四年(ワ)第三六号事件)

右被告等訴訟代理人弁護士

小石幸一

右当事者間の昭和三十二年(ワ)第二三〇号、同三十四年(ワ)第三六号各不動産所有権移転登記等請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一、被告上野商事株式会社が訴外上野輝雄から昭和三一年一〇月一日付売買により別紙第一目録(1)乃至(16)、(16)及び(19)の不動産を、同年同月八日付売買により同目録(17)及び(20)の不動産を、及び同年一二月二六日付売買により同目録(21)の電話加入権をそれぞれ譲受けた行為はいずれも原告と同被告との間においてこれを取消す。

被告上野商事株式会社は原告に対して、別紙第一目録(1)乃至(16)、(16)及び(18)の不動産について静岡地方法務局浜松支局昭和三一年一二月二二日受付第二〇〇六四号を以てなされた同年一〇月一日付売買による所有権取得登記、及び同目録(17)及び(20)の不動産について同法務局浜松支局同年一二月二一日受付第一九九四三号を以てなされた同年一〇月八日付売買による所有権取得登記の各抹消登記手続をせよ。

被告上野商事株式会社は原告に対し、別紙第一目録の電話加入権者名義を訴外上野輝雄に変更する手続をせよ。

二、被告稲垣庄一が訴外上野輝雄から昭和三一年四月一日付売買により別紙第二目録(1)乃至(3)の不動産を譲受けた行為は原告と同被告との間においてこれを取消す。

被告稲垣庄一は原告に対して、別紙第二目録(1)乃至(3)の不動産について静岡地方法務局浜松支局昭和三一年一二月二四日受付第二〇一四一号を以てなされた同年四月一日付売買による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

三、被告斎藤陸司が訴外上野輝雄から昭和三一年一二月二一日付売買により別紙第三目録の不動産を譲受けた行為は原告と同被告との間においてこれを取消す。

被告斎藤陸司は原告に対して、別紙第三目録の不動産について静岡地方法務支局昭和三一年一二月二一日受付第三六四七号を以てなされた同日付売買による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

四、訴外上野信一が訴外上野輝雄から昭和三〇年六月一日付贈与により別紙第四目録(1)の不動産を、訴外上野信二が訴外上野輝雄から同日付贈与により同目録(2)の不動産を、それぞれ譲受けた行為は原告と被告岩崎容久との間においてこれを取消す。被告岩崎容久は原告に対して、別紙第四目録(1)及び(2)の不動産につきいずれも訴外上野輝雄のため所有権移転登記手続をせよ。

五、被告佐藤保夫が訴外上野輝雄から昭和三一年一〇月一五日付売買により別紙第五目録(1)の不動産を、及び同年一二月二一日売買により同目録(2)の電話加入権をそれぞれ譲受けた行為はいずれも原告と同被告との間においてこれを取消す。

被告佐藤保夫は原告に対し、別紙第五目録(1)の不動産について東京法務局渋谷出張所昭和三一年一二月二六日受付第三五三五〇号を以てなされた同年一〇月一五日付売買による所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

被告佐藤保夫は原告に対し、別紙第五目録(2)の電話加入権者名義を訴外上野輝雄に変更する手続をせよ。

六、訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告指定代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因として、

「一、訴外上野輝雄(以下単に上野と称する。)は、浜松・東京及び熱海に営業所を開設して金融を業としていたものであるが、昭和三〇年一〇月一八日原告(名古屋国税局)において同人の所得税に関する査察をした結果、原告(所管庁浜松税務署)に対し自己の納付すべき昭和二八年度分所得税金五、四二六、七八〇円、同二九年度分所得税金五、五四七、二三〇円並びに両年度の重加算税金五、四七六、五〇〇円以上合計金一六、四五〇、五一〇円の租税債務のあることが発見された。そこで、原告(浜松税務署)は昭和三一年一二月一七日上野の昭和二八、二九年度各所得税額を叙上同額に更正する決定をし、右決定は同月一八日上野に到達した。しかるに、現在に至るまで上野は右税金を納付しない。

二、ところが、上野は昭和三一年一二月一八日現在において他に別段の資産がない状態であるにも拘らず、前示国税の滞納処分による差押を免がれるため、同月二〇日頃を中心として故意に別紙第一乃至第五目録の不動産及び電話加入権を自己と経済的または身分的に密接不離の関係にある被告等及び訴外上野信一、上野信二に譲渡した。すなわち、

(一)  被告上野商事株式会社(以下単に被告会社と称する。)は上野がその代表取締役となり、その一族、縁故者を株主として昭和三〇年一月二〇日設立された金融業を主たる目的とする会社であつて、その業務執行権は挙げて上野の掌握するところである。しかして、上野は右被告会社に対し、別紙第一目録(1)乃至(20)の各不動産及び同目録(21)の電話加入権を売渡し、同被告のために(1)乃至(16)、(18)及び(19)の各不動産については静岡地方法務局浜松支局昭和三一年一二月二二日受付第二〇〇六四号をもつて同年一〇月一日付売買名義による所有権移転登記、(17)及び(20)の各不動産については同法務局浜松支局同年一二月二一日受付第一九九四三号をもつて同年一〇月八日付売買名義による所有権移転登記、(21)の電話加入権については同年一二月二十六日付売買名義による電話加入権者名義の変更登録を、それぞれ了した。

(二)  被告稲垣庄一は、上野が個人経営にかかる金融業を法人組織に改めるまで永年に亘つて被傭者としての地位にあつたもので会社設立の後も株主となり、監査役の肩書を与えられてはいるが、事実上は上野によつて使用され同一部門は関係を持ち、従つて同人の意思に応じて行動する状態に置かれている者である。上野は右被告稲垣に対し、別紙第二目録(1)乃至(3)の不動産を売渡し、同被告のために右不動産について静岡地方法務局浜松支局昭和三一年一二月二四日受付第二〇一四一号をもつて同年四月一日付売買名義による所有権移転登記を了した。

(三)  被告斎藤陸司は上野の実弟であつて、充分に同人に関する事情を知悉している者である。上野は右被告斎藤に対し、別紙第三目録の不動産を売渡し、同被告のために右不動産について静岡地方法務局浜松支局昭和三一年一二月二一日受付第三六四七号をもつて同日付売買名義による所有権移転登記を了した。

(四)  訴外上野信一、上野信二はそれぞれ上野の長男、次男であり、被告岩崎容久は上野と予て知己の間柄で、且つその貸付を受けている者である。

<1>  別紙第四目録(1)の不動産を、上野は上野信一に贈与し、上野信一は被告岩崎に売渡し、同不動産について、上野は上野信一のために東京法務局渋谷出張所昭和三一年一二月二六日受付第三五三四八号をもつて同三〇年六月一日付贈与名義による所有権移転登記を、上野信一は被告岩崎のために同法務局渋谷出張所同三二年一月一七日受付第七四四号をもつて同三一年六月四日付売買名義による所有権移転登記を、それぞれ了した。

<2>  別紙第四目録(2)の不動産を、上野は上野信二に贈与し、上野信二は被告岩崎に売渡し、同不動産について、上野は上野信二のために東京法務局渋谷出張所昭和三一年一二月二六日受付第三五三四九号をもつて同三〇年六月一日付贈与名義による所有権移転登記を、上野信二は被告岩崎のために同法務局渋谷出張所同三二年一月一七日受付第七四五号をもつて同三一年六月四日付売買名義による所有権移転登記を、それぞれ了した。

(五)  被告佐藤保夫は、上野が個人で金融業を営んでいた当時からその被傭人であり、後に法人組織に改められてからはその取締役となつたものである。しかして、上野は右被告佐藤に対し、別紙第五目録(1)の不動産及び(2)の電話加入権を売渡し、同被告のために右不動産については東京法務局渋谷出張所昭和三一年一二月二六日受付第三五三五〇号をもつて同年一〇月一五日付売買名義による所有権移転登記を、右電話加入権については同年一二月二一日付売買名義による電話加入権名義者変更登録をそれぞれ了した。

三、よつて原告は被告等に対し、国税徴収法第一五条の規定に基いて主文第一乃至五項掲記のとおり売買及び贈与契約の取消、不動産についての抹消及び移転登記手続、電話加入権についての電話加入権者名義の変更登録手続をそれぞれ求めて本訴に及ぶ。」と述べ、被告等の主張事実を否認し、

「一、仮りに、被告会社において別紙第一目録(1)乃至(16)、(18)及び(19)の不動産を譲受けたのが昭和三一年一〇月一日、被告稲垣において同第二目録(1)乃至(3)の不動産を譲受けたのが同年三月一〇日、被告斎藤において同第三目録の不動産を譲受けたのが同年二月一五日であるとしても、租税債務の成立について法律の定める要件は右被告等主張の日時以前において充足されている。換言すれば、右日時においては既に客観的に昭和二八、二九年度分の所得税債務は発生していたのであつて、たゞ具体的にその範囲数額が確定せず、履行期(納期限)が到来していなかつたに過ぎない。しかも本件更正決定の主な内容は利子所得の脱漏に関するものであり、単に経理上の誤解に基くものではない事実に徴しても、上野が叙上年度分の所得税債務の存在を認識して、やがてなさるべき滞納処分による差押の免脱を図つたものであることは疑いない。

二、また、被告会社が主張するように別紙第一目録(17)及び(20)の不動産は当時その所有権が訴外武藤愈に帰属していたとしても(或は貸金の弁済によつて上野から武藤愈に復帰していたとしても)、登記簿上その所有名義人はなお上野であつたのであるから、右主張のような権利の変動はこれを第三者である原告に対抗し得ない。」と述べた。

被告等訴訟代理人は「原告の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、

「第一、被告会社に関して、

一、原告主張の請求原因第一項のうち、上野が浜松において金融業を営んでいたこと、同人が原告主張の日、原告(名古屋国税局)によつて所得税に関する査察を受けたこと、同人に対し原告主張の日、その主張のような内容を有する更正決定があつたこと及び同人が現在に至るまで右税金の納付をしていないことは認めるが、その余は否認する。上野は東京、熱海では営業をしていなかつた(被告佐藤が東京、熱海において営業をしていた)。また原告が上野に対して行つた更正決定は一方的なものであり、同人はこれを争つて右決定の取消を求める行政訴訟を提起し、現在静岡地方裁判所に繋続している。

二、同第二項(その前段及び(一))のうち、上野が別紙第一目録(1)乃至(20)の不動産、(21)の電話加入権をそれぞれ被告会社に売渡し、これら物件について原告主張の日、その主張のような所有権移転登記及び加入権者名義変更登録を了したことは認めるが、その余は否認する。これら物件のうち(17)及び(20)を除くものはいずれも嘗て上野の所有に属してはいたが既に昭和三一年一〇月一日付売買によつて上野から被告会社に移転して居り、たゞ形式的な名義だけが上野となつていたに過ぎないものであり、たゞ上野は前記のとおり金融業を営んでいた関係から所有者及び加入者名義を変更しなければならなぬのに繁忙その他の事情によつてなお同人名義の儘となつている物件が他にも存在していたところ、昭和三一年一二月末その整理に迫られて所有権移転登記、加入権者名義変更登録の手続を併せ断行したに他ならない。また、(17)及び(20)の不動産は元来訴外武藤愈の所有に属するもので、昭和二九年に上野が武藤に対して右不動産を売渡担保として資金の融通をしたため登記簿上の所有名義人を上野にしたに過ぎない。そして右貸金の弁済期の延期を重ねるうち被告会社において上野から右貸金債権の譲渡を受け、これに伴い昭和三一年一〇月一日武藤の所有に属するこれら不動産について上野と被告会社との間で売買契約を結び同人から被告会社に所有権移転登記を経由したが、その後被告会社は武藤から弁済を受け終つたので登記簿上の所有名義人も同人に復帰すべきところ原告の申請に基く仮処分決定のためこれが不可能となり苦情を受けている現状である。

第二、被告稲垣に関して、

一、原告主張の請求原因第一項のうち、上野が浜松に営業所を開設して、金融業を営んでいたこと及び同人が原告主張の日、原告(名古屋国税局)によつて所得税に関する査察を受けたことは認めるが、その余は知らない。

二、同第二項(その前段及び(二))のうち、上野が同人の所有する別紙第二目録の不動産を被告稲垣に売渡し、同不動産について原告主張の日、その主張のような所有権移転登記を了したことは認めるが、その余は否認する。被告稲垣は昭和三一年三月一〇日上野から右不動産を代金六五万円で買受け即日その所有権を取得したが、(但し売買契約書は同日付であるが代金の弁済期が同月三一日であつた都合から同年四月一日付の売渡証書を作成)単に移転登記手続だけが同年一二月末まで遅れていたに過ぎないまた、被告稲垣は上野の経営する金融業を数年間に手伝つていたものである。

三、仮りに上野が差押を免れるため故意に前項の不動産を譲渡したものであるとしても、譲渡人である被告稲垣はその当時その事情を全く知らなかつたのであるから原告から右売買の取消を請求される理由はない。

第三、被告斎藤に関して、

一、原告主張の請求原因第一項のうち、上野が浜松に営業所を開設して金融を営んでいたこと及び同人が原告主張の日、原告(名古屋国税局)によつて所得税に関する査察を受けたことは認めるが、その余は知らない。

二、同第二項(その前段及び(三))のうち、上野が同人の所有する別紙第三目録の不動産を被告斎藤に売渡し、同不動産について原告主張の日、その主張のような所有権移転登記を了したこと及び被告斎藤が上野の実弟であることは認めるが、その余は争う。

被告斎藤は昭和三一年二月一五日上野から右不動産を代金四六万円で買受け即日その所有権を取得したが、(但し売買契約書は同日付であるが登記手続の際司法書士に依頼して同年一二月二一日付の売渡証書を作成)、当時右不動産には二俣農業協同組合によつて抵当権が設定されてあつたため、この抵当権設定登記の抹消登記手続のため移転登記手続が遅れていたものである。

三、仮に上野が差押を免れるため故意に前項の不動産を譲渡したものであるとしても、譲受人である被告斎藤は当時その事情を全く知らなかつたのであるから原告から右売買の取消を請求される理由はない。

第四、被告岩崎に関して、

一、原告主張の請求原因第一項のうち、上野が東京において金融業を営んでいたことは認めるが、その余は知らない。

二、同第二項(その前段及び(四)の<1><2>)のうち、上野信一が別紙第四目録(1)の不動産を、上野信二が同目録(2)の不動産を、それぞれ被告岩崎に売渡し、これら不動産について原告主張の日、その主張のような所有権移転登記を了したことは認めるが、その余は争う。

三、仮りに上野が差押を免れるため故意に前項の不動産をそれぞれ上野信一、上野信二に譲渡したものであるとしても、被告岩崎は上野信一、上野信二からそれら不動産を買受けた当時その事情を全く知らなかつたのであるから原告から前項の各売買の取消を求められる理由はない。

第五、被告佐藤に関して、

一、原告主張の請求原因第一項のうち、上野が浜松、東京及び熱海の三ケ所において金融業を営んでいたこと及び同人が原告主張の日、原告(名古屋国税局)によつて所得税に関する査察を受けたことは認めるが、その余は知らない。

二、同第二項(その前段及び(五))のうち、上野が同人の所有する別紙第五目録(1)の不動産及び(2)の電話加入権を被告佐藤に売渡しこれら物件について原告主張の日、その主張のような所有権移転登記及び加入権の名義変更登録を了したこと及び被告佐藤が上野が個人で金融業を営んでいた当時その被傭人であり、後に法人組織(被告会社)に変更してからはその取締役になつたことは認めるが、その余は争う。上野は当時東京都渋谷区穏田一丁目四番地に宅地一二〇坪余(時価七百数十万円相当、原告において差押中)の外、多額の不動産を持つていた許りでなく、現金一千数百万円を保有していた。

三、仮りに上野が差押を免れるため故意に前項の物件を譲渡したのであるとしても、譲受人である被告佐藤は当時その事情を全く知らなかつたのみならず、上野の資産はなお二千数百万円以上と確信していたのであるから原告から売買の取消を請求される理由はない。」と述べた。

証拠として、原告指定代理人は、甲第一乃至七号証、第八号証の一、二、第九、第一〇号証、第一一号証の一乃至二四、第一二号証、第一三号証の一、二、第一四号証、第一五号証の一、二、三、第一六乃至二〇号証を提出し、証人嶋田修治、同前田隆雄の各証言(但し証人嶋田、同前田の各証言は昭和三二年(ワ)第二三〇号事件のみの関係)を援用し、乙号各証の成立を認め、被告等訴訟代理人は、乙第一乃至六号証を提出し、証人武藤愈、同鈴木稔、同鈴木寛、同鈴木章兄の各証言(但し証人武藤、同木田、同鈴木寛の各証言は昭和三二年(ワ)第二三〇号事件のみの関係)並びに被告会社代表者上野輝雄、被告稲垣庄一、同斎藤陸司、同岩崎容久、同佐藤保夫各本人尋問の結果(但し被告稲垣、同斎藤各本人尋問の結果は昭和三二年(ワ)第二三〇号事件のみの関係)を援用し、甲第一号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認めた。

理由

第一、証人島田修治の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証及び証人嶋田修治、同前田隆雄の各証言によれば(但し昭和三四年(ワ)第三六号事件については成立に争いのない甲第一七、一八号証及び甲第一七号証に徴して真正に成立したと認められる甲第一号証によれば)、上野は昭和三一年一二月現在において原告に対し同二八年度分所得税金五、四二六、七八〇円、同二九年度分所得税金五、五四七、二三〇円並びに両年度の重加算税金五、四七六、五〇〇円以上合計金一六、四五〇、五一〇円の租税債務を負担していたこと、同人は現在に至るまでこれら税金を納付していないこと(この点は原告、被告会社間では争いがない。)が認められ、他に右認定を動かすに足る証拠はない。もつとも証人前田隆雄の証言(但し昭和三四年(ワ)第三六号事件については成立に争いのない甲第一八号証)、被告会社代表者上野本人尋問の結果によれば、上野は右税金額を定めた原告の更正決定を不服として、静岡地方裁判所に右決定の取消を求める訴を提起し、この訴訟は現に同裁判所に繋属中であることが認められるけれども、行政行為はこれに対して取消を求める訴訟の提起があつても正当な権限に基く取消のない以上有効な行為としてその効力を否定することはできないものといわなければならないから、右訴の提起並びに繋属は上記判断の妨げとなるものではない。

第二、一、<1>上野が被告会社に対し、上野の所有する(但し下記(17)及び(20)の不動産を除く)別紙第一目録(1)乃至(20)の不動産、(21)の電話加入権を売渡し、右(1)乃至(16)及び(19)の不動産について静岡地方法務局浜松支局昭和三一年一二月二二日受付第二〇〇六四号をもつて同年一〇月一日付売買名義による所有権移転登記が、(17)及び(20)の不動産について同法務局浜松支局同年一二月二一日受付第一九九四三号をもつて同年一〇月八日付売買名義による所有権移転登記が、(21)の電話加入権について同年一二月二六日付売買名義による電話加入権者名義の変更登録が、それぞれなされたことは原告、被告会社間に争いがなく、<2>上野が被告稲垣に対し、上野の所有する別紙第二目録(1)乃至(3)の不動産を売渡し、右不動産について静岡地方法務局浜松支局昭和三一年一二月二四日受付第二〇一四一号をもつて同年四月一日付売買名義による所有権移転登記がなされたことは、原告、被告稲垣間に争いがなく、<3>上野が被告斎藤に対し、上野の所有する別紙第三目録の不動産を売渡し、右不動産について静岡地方法務局浜松支局昭和三一年一二月二一日受付第三六四七号をもつて同日付売買名義による所有権移転登記がなされたことは、原告、被告斎藤間に争いがない。

二、<1>成立に争いのない甲第一五号の三及び被告会社代表者上野本人尋問の結果によれば、上野は上野信一に対し、上野の所有する別紙第四目録(1)の不動産を贈与し、右不動産について東京法務局渋谷出張所昭和三一年一二月二六日受付第三五三四八号をもつて同三〇年六月一日付贈与名義による所有権移転登記がなされたことが認められ、しかして上野信一が被告岩崎に対し、同不動産を売渡し、右不動産について同法務局渋谷出張所同三二年一月一七日受付第七四四号をもつて同三一年六月四日付売買名義による所有権移転登記がなされたことは、原告、被告岩崎間に争いがない。また、成立に争いのない甲第一五号証の二及び被告会社代表者上野本人尋問の結果によれば、上野は上野信二に対し、上野の所有する別紙第四目録(2)の不動産を贈与し、右不動産について東京法務局渋谷出張所昭和三一年一二月二六日受付第三五三四九号をもつて同三〇年六月一日付贈与名義による所有権移転登記がなされたことが認められ、しかして上野信二が被告岩崎に対し、同不動産を売渡し、右不動産について同法務局渋谷出張所同三二年一月一七日受付第七四五号をもつて同三一年六月四日付売買名義による所有権移転登記がなされたことは原告、被告岩崎間に争いがない。<2>上野が被告佐藤に対し、上野の所有する別紙第五目録(1)の不動産及び(2)の電話加入権を売渡し、右不動産について東京法務局渋谷出張所昭和三一年一二月二六日受付第三五三五〇号をもつて同年一〇月一五日売買名義による所有権移転登記が、右電話加入権について同年一二月二一日付売買名義による電話加入権者名義の変更登録が、それぞれなされたことは原告、被告佐藤間に争いがない。

第三、そこで、上野のなした被告会社、被告稲垣、同斎藤、同佐藤に対する各売買並びに上野信一、上野信二に対する各贈与が前叙国税の滞納処分による差押を免がれるため故意になされたものかを検討する。

成立に争いのない甲第二乃至七号証、第八号証の一、二、第九、一〇号証、第一一号証の一七、二〇、第一二号証、第一三号証の一、二、第一六、一九、二〇号証、乙第五、六号証、証人嶋田修治、同前田隆雄、同武藤愈(但し一部)、同木田稔(但し一部)、同鈴木寛(但し一部)、同鈴木章兄(但し一部)の各証言並びに被告会社代表者上野(但し一部)、被告稲垣(但し一部)、同斎藤(但し一部)、同岩崎(但し一部)、同佐藤(但し一部)各本人尋問の結果を綜合すれば(但し昭和三四年(ワ)第三六号事件については、成立に争いのない甲第二号乃至七号証、第八号証の一、二、第九、一〇号証、第一一号証の一七、二〇、第一二号証、第一三号証の一、二、第一六乃至二〇号証、乙第五、六号証、証人鈴木章兄(但し一部)の証言並びに被告会社代表者上野(但し一部)、被告岩崎(但し一部)、被告佐藤(但し一部)、各本人尋問の結果を綜合すれば)次のように認められる。上野は熱海の他に浜松、東京にも事務所を設けて金融業を営んでいたが(但し、熱海において金融業を営んでいたことは原告、被告佐藤間に争いがなく、さらに浜松において金融業を営んでいたことは原告と被告会社、被告稲垣、同斎藤、同佐藤との間において争いがなく、東京においても金融業を営んでいたことは原告と被告岩崎、同佐藤との間において争いがない。)昭和二九年頃から次第に経営が思わしくなくなり、一、八〇〇万円程の債務を負うようになつていたが、さらに同三〇年一〇月一八日、原告(名古屋国税局)によつてその所得税に関する査察を受け、(この点は原告と被告岩崎を除くその余の被告等との間において争いがない。)同三一年一二月一八日原告から右査察に基いて同人の昭和二八年度分同二九年度分の各所得税額を前示金一六、四五〇、五一〇円とする同月一七日付更正決定を受けるに至つた。(右の更正決定を受けた点は原告、被告会社間に争がない。)しかして、上野は昭和三〇年頃から同人の所有する山林等の不動産を次々に手放して借入金の弁済に充てていたため、同三一年一二月頃保有する資産は別紙第一乃至第五目録記載の物件が主要なもので、他に東京都渋谷区穏田一町目四番地に一三四坪四合六勺の土地(別紙第四、五目録の建物の敷地)と訴外村上房太郎外四名を連帯債務者とする約四〇〇万円の債権とがあつたけれども、この土地と債権とだけでは前示国税を担保するには足りない状態であつた。そこで上野は別紙第一乃至五目録の物件を放置しておけばいずれは国税の滞納処分によつて差押を受けるであろうことを恐れて前記更正決定を受けた直後である昭和三一年一二月二〇日から二六日頃までの間にこれら物件を前段記述のように次々と自己と親密な間柄にある被告会社、被告稲垣、同斎藤、同佐藤及び上野信一、上野信二に譲渡してしまつた。すなわち、被告会社は昭和三〇年一月下旬設立されてから引継き上野自身が代表者の地位にある会社であり、被告稲垣は以前は上野個人の被傭者であつたが被告会社設立の後は監査役の地位にあり、他にも天竜共栄木材株式会社、共栄工業株式会社等に上野とともに関与する仲にあつた者、被告斎藤は上野の実弟にあたり(この点は原告、被告斎藤間では争いがない。)、同じく被告会社において当初から取締役の地位にあり、天竜共栄木材株式会社等においても上野と仕事を共にしていた者、上野信一は上野の長男、上野信二は上野の次男、被告佐藤はさきに上野個人の従業員であつて被告会社設立の時から取締役の地位にあつた者(この点は原告、被告佐藤間で争いがない。)で、上野が代表者である共栄木材株式会社においても取締役を勤めて居る者である。さらに、上野信一、上野信二にそれぞれ贈与した別紙第四目録(1)(2)の不動産については上野が未だ若年の学生である信一、信二をして前段記述のようにいずれもその後即時に被告岩崎に譲渡させたが、この被告岩崎も上野において嘗て木工関係の同業者として知り合い、昭和二八年頃からは融資する間柄にある者である。しかして、上野はかような自己の意図を陰蔽するために被告会社、被告稲垣、同佐藤ならびに上野信一、信二らと謀つて、被告会社との間における別紙第一目録(1)乃至(20)の不動産、被告稲垣との間における同第二目録(1)乃至(3)の不動産、上野信一との間における同第四目録(1)の不動産、上野信二との間における同目録(2)の不動産、被告佐藤との間における同第五目録(1)の不動産について、それぞれ前段記述のとおり登記所に対する登記申請の日より遙かに遡らせた日付の売買または贈与契約を原因とする登記を経由した。続いて別紙第四目録(1)、(2)の不動産について上野信一、上野信二と被告岩崎との間になされた売買に関しても前段記述のとおり同様の方法による登記が経由された。このように認められる。右認定に反する乙第一乃至三号証の記載及び証人武藤愈、同木田稔、同鈴木寛、同鈴木章兄の各証言並びに被告会社代表者上野、被告稲垣、同斎藤、同岩崎、同佐藤の各本人尋問の結果(但し昭和三四年(ワ)第三六号事件については証人武藤愈、同木田稔、同鈴木寛の各証言並びに被告稲垣、同斎藤の各人尋問の結果は関係がない。)は前掲各証拠に照し合わせて信用することができないし、他に右認定を動かすに足る証拠はない。そして、その後今日に至るまで上野において前示国税を担保するに足るだけの資産を回復したと認むべき証拠はない。そうすると、上野が別紙第一目録(1)乃至(21)の物件を被告会社に、同第二目録(1)乃至(3)の不動産を被告稲垣に、同第三目録の不動産を被告斎藤に、同第五目録(1)、(2)の物件を被告佐藤にそれぞれ売渡し、また同第四目録(1)の不動産を上野信一に、(2)の不動産を上野信二にそれぞれ贈与したのは、いずれも前示国税の滞納処分による差押を免がれるための行為であり、且つ上野において故意にこれをしたと認めるのが相当である。(もつとも、売買に関して、上野の得た対価が相当なものであつたとしても、租税債務を担保するに足るだけの資産がないのにこれを免がれようとしてその所有する不動産、電話加入権を他に売却し、消費し易い金銭に換えることは固より詐害行為に該ると言うべきである。)

第四、ところで、受益者である被告会社、被告稲垣、同斎藤、同佐藤並びに転得者である被告岩崎は、それぞれ上野、または上野信一、上野信二から別紙第一乃至五目録の物件を譲受けた当時上野が国税の滞納処分による差押を免がれるため故意に譲渡するものであると云う事情を知らなかつた旨主張し、被告会社代表者上野、被告稲垣、同斎藤、同佐藤、同岩崎の各本人尋問の結果中にはそれぞれ右主張に副う供述部分があるけれども、これらはいずれも信用し難く、他に右主張を認めるに足る証拠はない。却つて、上野と被告等との関係が前段認定のとおりなのであるから、本件各物件の譲受けに当つて被告会社、被告稲垣、同斎藤、同佐藤がいずれも叙上の事情を知悉していた悪意の受益者であり、また被告岩崎が同様に悪意の転得者であつたことは明らかなところと認められる。

第五、進んで取消の範囲について考えてみる。

国税徴収法第一五条の規定によつて財産譲渡行為の取消をなす場合にも右取消の範囲は民法第四二四条の詐害行為取消権と同様に原則として国の租税債権が満足できる程度をもつてその限度とすべきことが当然と解されるが、上野は前認定のように東京都渋谷区穏田一丁目四番地に一三四坪四合六勺の土地と訴外村上房太郎外四名を連帯債務者とする約四〇〇万円の債権とを保有して居り、且つ成立に争いのない甲第一九号証及び被告会社代表者上野本人尋問の結果によれば、右土地及び債権については前示国税の滞納処分による差押がなされていることが認められるのであるから、上野に対して右国税に優先する他の債権の存在の認められない本件においては、原告の取消権の及ぶ範囲はこれら土地と債権とによつて弁済を得ることのできない額を基準として定まるものと云わなければならない。しかるとき、一方において成立に争のない甲第一号証によつて認められる一三四坪四合六勺の土地の昭和三四年七月現在の評価格に、前記約四〇〇万円の債権の存在を併せ考えた価格を前示一六、四五〇、五一〇円から控除し、他方において成立に争のない乙第一乃至三、四、六号証及び被告会社代表者上野、被告岩崎、同佐藤各本人尋問の結果に徴して認められる別紙第一乃至五目録の物件全部の売買価格を比照すれば、本件において取消の対象とされている右全物件の価格は原告の有する取消権の範囲を少くとも数百円は超えているものと解される。そうすると、本件において原告は別紙第一乃至五目録の物件全部に関する上野の譲渡行為を取消する必要はないのではないかとも考えられる。しかしながら、上野の被告会社、被告稲垣、同斎藤、同佐藤並びに上野信一、上野信二に対する財産譲渡は前認定のように登記所の受付日時に遅速はあつてもその期間は一週間内を超えず、従つて実質的には順位をつけ難いものと云わなければならないから、このような被告等に対する関係において公平を維持しながら取消権の及ばない譲渡行為を分別しようとすれば、叙上超過部分に相当する価額を被告等の譲受けた物件の価格に応じて按分し、これによつて各被告について取消権の及ばない物件を見出す方法が採らるべきかとも考えられるが、本件においては別紙第一、二、四、五目録を構成している個々の物件についてその価格を算定すべき資料がないから、右の方法も採るに由なく、結局原告の取消し得る範囲は右第一乃至五目録の物件全部に及ぶと解するの他はない。

第六、以上の次第であるから、原告は国税徴収法第一五条の規定に従い、上野と被告会社、被告稲垣、同斎藤、同佐藤及び上野信一、上野信二との間になされた売買或は贈与契約を詐害行為として取消すことができるものと云うべく、従つて受益者である被告会社に対して別紙第一目録(1)乃至(21)、被告稲垣に対して同第二目録(1)乃至(3)、同斎藤に対して同第三目録、同佐藤に対して同第五目録(1)、(2)の各物件について、そのうち不動産についてなされた所有権取得登記の各抹消登記手続、電話加入権についてなされた電話加入権者名義変更登録の各変更登録手続並びに転得者である被告岩崎に対しては上野信一、上野信二間の贈与契約の取消に因る原状回復として同第四目録(1)(2)の不動産の各所有権移転登記手続の履行を求める請求もすべて理由があるとして認容せらるべきである。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中川四郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例